話していて、お家に帰って振り返って、思い返して、思い出すのです。

違うように話していた自分がいたこと。
それも、きっと、一面で本当であったこと。
そう見て、生きていた自分は潰れてるだけで、どこかにいること。

悲観的に、悲観的に、そういう部分ばかりが見えてること。
でも、見ないようにしていた部分もあるのかもしれないけど、気にしないで、いいことを話していた自分もいたこと。
そうやって少し強がってでも、生きていた自分がいたこと。

今の家庭内状態は、荒れてる。
一言で荒れてる。
たぶん、妹が入院して死にかけてた頃、私の小さい頃、その頃だって覚えていないだけで、酷い状態だったのかもしれない。
ずっとじゃなくて、きっと、今がたまたま大変な時期で、ついでに私も病気で、ダブルで酷い状態なんでしょう。

ただいい家族と話していた自分もいた。
思い出した。
それだって、本当。

病気のせいだけにはできない。
したくない。
そういういい方向を見ることができなくなってる。

人のココロがわかるような子になって、と育ててくれたのも両親なんだから。


きっと、荒れていて、私が泣いていて、辛いのも状況が大変なのも、ある程度察して、でも、あえて、言ってくれているんだと思う。
少しでも楽に生きれるように、明るくなれるようにと思って、苦言も言ってくれてるんだと思う。
あの人は慰める人ではなくて、その先を考える人だから。
気を楽にできるようにって。
元の健康な心の私がいると信じてくれているんだと思う。


いいことに目を向けていた自分。
人のいいところを見るようにしてた自分。
何時の間にか生きていた自分。
家族を大事に、いいものと思っていた自分。
消えたわけじゃない。


悲観的になってしまう状態なんだ。
治る。
全部が病気のせいとは先生が言っても思えないから、もともと持っていた部分だから消えないでしょう。
でも、いい方向を多く出したバランスに治していきたい。


彼が好きだと言ってくれていた、自分も好きだった私、プラスちょっと新しくなった私に治して行きたい。


ご飯ちゃちゃっと食べて会社戻ると思っていたから仕事のお供にって「おやつ」用意しておいたんだもの。
お仕事中断して帰れるようにして来てくれたのは、私のためにしてくれたことだ、きっと。
そう思った。
ありがとう。
こうやって、いつも時間を作ってくれていたんだものね。
寂しいばかり言っちゃ、駄目だったんだよ。
できるときはしてくれようとしたりする。
ありがとうって、素直に言えなくなってたら我儘だよ。
ごめんなさい。
少しづつ、目を開けていってみようと思う。
この前、聞いていて辛かった、話させていて辛かったけど、聞けてよかった。
気づけることもでてくるもの。